第6回「日韓交流おまつり」を終えて

日韓フレンドシップコミティー委員長
「日韓交流おまつり」実行委員会メンバー

高杉 暢也


1.今年のおまつりの位置づけ

日韓関係はだいぶ平穏な状況になってきてはいるとはいえ、ややもすると些細なことから反日感情を目覚めさすリスクもある故に、“今年のおまつりの成否が今後のおまつり継続に影響する”と一抹の危惧を抱いて今年のおまつりの準備をスタートさせました。 それは今年が「日韓併合100周年」という歴史的な年ということだからです。 運営委員会の両国メンバーの間で慎重な議論の末、テーマを“悠久の歴史、輝く未来”として準備をスタートさせました。



2.今年のおまつりへの思い ・ “悠久の歴史と 輝く未来”

古来から両国の間にはさまざまな交流があり歴史を築いてきました。韓国人にとって忌まわしき「日韓併合100周年」も歴史の一部です。それを払拭できる歴史・文化の象徴が宮崎県美郷町南郷地方で1300年間に渡って受け継がれてきた「師走祭り」です。 “悠久の歴史”というテーマの体現として百済の魂を受け継ぐ「師走祭り」を韓半島で再現しようと企画しました。この日本側の思いを受けて金徳洙先生が中心になって韓国側も1300年ぶりの帰郷を「“マジとプリ(迎解)”」で迎えるという趣向をこらした演出プログラムを用意してくれました。これに併せて、朝鮮通信使時代に日本に伝えられ、今も岡山の牛窓町で伝承される「唐子踊」にも出演依頼をしました。
“輝く未来”というテーマでは青少年交流公演、伝統芸術公演を、未来を託す若い高校生などに出演依頼をし、加えて、見栄えのするおまつりということで「青森のねぶた祭り」、「秋田の竿灯祭り」、「高円寺阿波踊り」、韓国の「ボンサンタルチュム」、「ナムサダンノリ」などに出演依頼をしました。韓国を代表する「安東仮面踊り」はスケジュールが重なったため断念せざるを得なく残念でした。
また、このおまつりは全員参加型のおまつりですから、“通じる仲間、通じる心、通じる未来”をスローガンに見物客の皆さんに「椀子そば大食い大会」や「オラチャチャ相撲大会」などに参加することや、両国の伝統文化・芸能への体験をしていただくことを企画しました。プログラムのフィナーレでは参加の皆さん全員に「通じるヨサコイアリラン」や「カンガンスルレ」の踊りに交わっていただき、まさに日韓のビビン(混わる)状態を作りたいと願い、この1年をかけて準備をしてきました。



3.おまつりの実践とリスク対応

10月2日(土)の第一日目はこれまで経験のない生憎の雨天となってしまいました。日韓伝統の芸術公演「盛岡さんさ踊り」、「オゴム」頃まではなんとか雨も降らずにいたのですが、「唐子踊り」の頃は雨も増してきました。それでも、お子たちが見事に踊りを披露していただき、見るものに感動を与えたと思います。開幕式は本降りの雨となってしまいました。協賛会社のVIPの方々をはじめお客さんの皆さんには稚拙な対応でご迷惑をかけてしまいました。
二日目の日曜日は午前中雨模様で心配しましたが、午後からは晴れ間も見え始め胸を撫でおろしました。しかし、清渓川会場では強風のいたずらで舞台の看板が押し倒され、出演の高校生が負傷する事態も生じましたが、幸いなことに大事にいたらず安堵しました。とはいえ、会場修復に時間がかかって公演を断念せざるをえなかったプログラムもあり、出演者には本当に申し訳ない気持ちと無念さで一杯でした。また、ソウル広場では隣り合わせの太平路でFIコリアグランプリのプリイベントが催され、騒音に悩まされました。このような一部不測のアクシデントがあったもののメインイベント「師走祭り」も古式豊かに荘厳に執り行われ、フィナーレの「通じるヨサコイアリラン」、「カンガンスルレ」の踊りで夕闇のソウル広場はまさに日韓のビビン(混わる)状態になり、興奮と感動がみなぎっていました。



4.おまつりの反省点

今年のおまつりは成功裡に終わったものの多くの不測の事態が生じその対応について反省する点、課題が多々残りました。
主なものを取り上げてみます。

(1)雨天・強風
おまつりは天気が良ければほぼ九割方成功といわれています。この季節は天高く馬肥ゆる韓国の秋だけに、世界的異常気象の影響か・・・無常の雨でした。雨カッパなどを用意してはいましたが準備不足は否めません。会場施設なども含め周到な準備が求められますが、費用との兼ね合いもあり課題が残ります。

(2)F1行事
おまつりの当日に何故、FIコリアグランプリのプリイベントが開催されたのか・・・何故、止めさせることできなかったのかという非難の声が多くありました。
FIコリアグランプリは忠羅南道とルノーサムスンの共同主催のイベントで、当方事務局に知らされたのも9月の中旬頃でした。忠羅南道庁やルノーサムスンの社長におまつりの趣旨を直接説明し、中止を求めましたが、先方も彼らの威信を掛けてのイベントですから引き下がりません。従って、プログラム変更などにより双方のウイン・ウイン状態を作ることで折り合いをつけました。結果としては騒音による悪影響もありましたが、プリイベント見物観衆がおまつり見物に流れた効果もありました。

(3)「師走祭り」の演出
“悠久の歴史”というテーマに相応しい百済の魂を受け継ぐ「師走祭り」を韓半島で再現する日本側の思いは大変意義深いものがありましたが、ソウル広場での荘厳な演出は文化・国民性の違いからか韓国人に理解を深めることの難しさを感じました。もうひと練り、ふた練りの工夫が必要のようです。しかし、金徳洙先生の「1300年ぶりの帰郷“マジとプリ(迎解)”」で迎えるという趣向は、先生自らのダイナミックな演出で大成功であった思います。日韓両国が古の時代から繋がっているのだということを観衆の皆さんが感じとってくれたことでしょう。



5.東京のおまつりとの関係

「日韓交流おまつり」は「交流」を冠に掲げていますので、「交流」という趣旨で開催場所も、昨年度、東京とソウルでの同時開催を初めて実施しました。今年は「日韓併合100周年」という重要な年ですのでソウルが「主」で東京が「従」という形を東京、ソウルで合意のもと開催しました。東京のおまつりが賑々しくマスコミで報道されたことは広報的な効果がありました。しかし、本当の「交流」は開催場所の交流ではなく、この「おまつり」を作っていくプロセスでの両国老若男女のボランティアの交流活動だと確信しています。 東京とソウルでの同時開催はそれなりの意義・意味はありますが、東京のおまつりが官主導の上意下達のイベント的内容であることや、協賛金に依るこのおまつりの財政的な観点からは同時開催を熟慮する必要があります。 東京側事務局のスタッフがソウルのおまつりを見学(観察)に来ていました。“ソウルのおまつりが両国老若男女のボランティア交流の手作りおまつりであることに感動しました、しかし、東京では難しいですね”とこぼしていたことは印象的でした。



6.来年以降へのおまつり

今年のおまつりは 天気にも恵まれず、いろいろなアクシデントにも遭遇し、その対応を含め課題が残りました。しかし、当初抱いた危惧は杞憂に終わり、このおまつりの継続の可能性を確信しました。その意味で成功裡に終わりました。 それは 韓国人にとって忌まわしき「日韓併合100周年」の年、それも10月3日という開天節(建国記念日)に古式豊かな日本の「師走祭り」をソウルのど真ん中で演じても、誰ひとり妨害したり、非難する韓国人がいなかったことです。そして、フィナーレでは 日韓のビビン(混わる)状態が自然に出来上がり、両国市民が一体化したのです。

このおまつりを成功させる条件には@ 資金、 A ボランティア活動 (ノウハウ)、 B「心」の3つがあります。先ず、「おまつり」は事業ですからやはり資金の裏付けがないと開催できません。従って、両国の法人、個人の皆さんに今後とも是非、ご協賛のご理解、ご支援をお願いするところです。 資金の裏付けをベースに、 Aボランティア活動 (ノウハウ)とB「心」が成功の鍵になると思います。 ソウルで開催のおまつりは両国市民のボランティア活動によっています。 そしてこの活動プロセスが積み重なりノウハウとなって蓄積されてきているのです。 不意の葛藤や摩擦が起こることのないように備える気配りをしながら、これからの新たな日韓の100年を見据え更に強いメッセージを発信する「心」をもって進めていくことが大事なのです。 そしてこのおまつりは「交流」を冠においていますので日韓両国の交流を中心にすえる必要があります。 昨今、両国の地方自治団体の間で姉妹都市交流が頻繁に行われるようになってきました。例えば、秋田県本荘市と慶南道梁山市、山形県寒河江市と安東市、鹿児島県と全羅北道などです。ユ来年からはこのおまつりの「交流」も地方自治団体の姉妹都市交流に着眼をし、相乗効果を狙っていきたいと考えています。

今や世界のグローバル化、ボーダレス化が進む中、民主主義、市場経済主義、類似の文化を共有する日韓両国が新しいステージに至っていることの表れです。そしてこのおまつりも両国の皆さんのご協力で両国友好親善促進に貢献しているということを確信しています。
両国の間にどんな悪天候があっても常に進むべき方向を教えてくれる灯台の光のような日韓友好のシンボルとして育つことを願い、これからも毎年継続していく意を強くしました。引き続き皆様のご理解とご支援をお願いいたします。

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